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横浜地方裁判所川崎支部 平成9年(ワ)289号 判決

主文

一  被告は、原告X1に対し、一一一〇万円及びうち一〇六〇万円に対する平成七年一二月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を、原告X2及び同X3に対し、各五五五万円及びうち各五三〇万円に対する平成七年一二月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

四  この判決は、第一、第三項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求の趣旨

被告は、原告X1に対し、一二〇〇万円及びうち一一五〇万円に対する平成七年一二月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を、同X2及び同X3に対し、各六〇〇万円及びうち各五七五万円に対する平成七年一二月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

第二事案の概要

原告らは、B(以下「B」という)の相続人であるところ、同人が亡くなったのは、被告の運営する特別擁護老人ホームの職員らの過失によるものであると主張して、被告に対し、不法行為(使用者責任)または債務不履行に基づく損害賠償を求めた。

一  争いのない事実

1  B(大正一一年○月○日生)は、平成七年当時、多発性脳梗塞及び重症の痴呆症で、全介助を必要とする七三歳の男性であった。

原告X1(以下「原告X1」という)は、Bの妻であり、同X2(以下「原告X2」という)及び同X3(以下「原告X3」という)は、B及び原告X1の子である。

Bは、平成七年一二月八日死亡し、原告らはそれぞれ法定相続分(原告X1につき二分の一、同X2及び同X3につき各四分の一)に従って、相続した。

2  被告は、社会福祉法人であり、特別養護老人ホーム・地域ケアセンターa(以下「a苑」という)を運営している。

3  原告らは、被告の勧めにより、Bが、将来的に入所を必要とすることとなった場合の準備として、Bを三日間だけ試験的にa苑に預けることとし、被告との間で、委託期間を平成七年一二月六日から同月八日までと定めて介護委託契約を締結し、同月六日午前一一時ころ、Bをa苑に預けた。

4  同月八日午前七時五〇分ころから、a苑の担当者がBに食事を与え始めたが、その直後にBに異変が起こり、同日午前八時五〇分に救急車がa苑に到着したときには、Bは既に息絶えた状態であった。

二  争点

1  Bの死因

(一) 原告らの主張

Bの死因は、誤飲による窒息死でもる。

(二) 被告の主張

Bの死因は、窒息ではなく、心臓の発作か脳梗塞などで死亡したと考えるのが妥当である。

2  被告の職員の過失の有無

(一) 原告らの主張

被告の職員C(以下「C」という)が、Bに対し常食を与えたが、Bの呑み込みが悪いことを十分に認識しつつ、不十分な食事の管理と監視しかしなかったために誤飲させたうえ、その発見が遅れ、かつ緊急時の対応をとることなく窒息せしめた。

(二) 被告の主張

被告の職員らは、Bの健康及び安全につき十分配慮して介護及び看護にあたったものであり、その行為に過失はない。

3  原告らの損害

(一) 原告らの主張

Bの死亡による損害は、慰謝料二一二〇万円、葬儀費用の一部一八〇万円、弁護士費用一〇〇万円の合計二四〇〇万円であり、この損害賠償請求権を原告らが法定相続分に従って相続した。よって、原告X1は、被告に対し、一二〇〇万円及びうち一一五〇万円に対するB死亡の日の翌日である平成七年一二月九日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、同X2及び同X3はそれぞれ、被告に対し、各六〇〇万円及びうち五七五万円に対する同日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二) 被告の主張

争う。

第三判断

一  証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件経過につき、以下の事実が認められる。

1  a苑は、平成元年一〇月に認可を受けて開設された特別養護老人ホームで、被告が、設置運営の主体となっている。特別養護老人ホームは、身体上または精神上著しい障害があるために常時の介護を必要とし、かつ、居宅においてこれを受けることが困難な者を対象としている。a苑は、入所定員七〇名、ショートステイ定員四名で、川崎市の委託を受けて高齢者の生活の援助を行っている。ショートステイは、家庭などで介護できない事情がある場合などに、介護の必要な高齢者が短期間入所する制度である。

a苑における職員配置は、看護婦三名、介護職(寮母)二六名(正規職員二五名、臨時職員一名)、相談員三名(課長を含む)であり、居住者二・五人あたり直接処遇職員一人の配置となっている。国の基準では、看護婦三名、介護職一六名、相談員一名、居住者四・一人あたり直接処遇職員一人であるから、a苑は、国の基準に照らして、比較的充実している。

平成七年一二月八日の朝食時間には、夜勤者三名(一階D、二階C、フリーE)と早番一名(F、以下「F」という)の四名に、たまたま早めに出勤していたG(以下「G」という)が加わって食事介助にあたっていた。また、生活援助課長のH(以下「H」という)及び九時から日勤予定の看護婦I(以下「I」という)が八時半ころに出勤してきていた。

また、当日、a苑には、吸引器が四台あり、一台は医務室に、他の三台は、日常的に吸引が必要な入所者のベッドの脇に置いてあった。

[乙一〇、証人J(以下「J」という)]

2  Bは、昭和六〇年に多発性脳梗塞で倒れ、約二か月入院したあと、退院後は仕事をやめて、原告X1らの世話を受けて自宅療養していた。そして、痴呆、意欲の低下が徐々に進行していた。

平成三、四年ころまでは、比較的元気であったが、その後は体力も落ちて来て、一人で歩行するのが困難になり、ベッドの上で過ごす時間が長くなっていった。

平成六年二月、上気道炎、気管支炎で、たま日吉台病院に約二週間入院して治療を受け、以後継続的に同病院の寝たきり老人訪問診察、看護指導を受けていた。また、平成七年九月二日から同月一二日まで気管支肺炎で、同病院に入院している。

本件事故直前には、常時紙オムツを着用、食事と入浴時以外はベッドで過ごし、食事は原告X1らが抱き起こして食卓に連れて行って食事を与えるなど、全面的に介護を要する状態であった。咀嚼に関しては、食べ物を噛んでいる時間が長く、なかなか飲み込まないという傾向にあった。

原告X1は、Bを施設等に預けたことは無かったが、a苑の職員から、ショートステイの制度を一度試しに利用してみたらどうかとの勧誘を受けて、平成七年五月に川崎市麻生福祉事務所に高齢者在宅サービス利用の申出を行い、その際、利用したいサービスとして、日常生活用具の給付貸与、入浴看護サービス及びa苑への一時入所登録を申し出た。そして、同月二五日、同福祉事務所において、a苑への寝たきり老人等一時入所登録決定がなされた。そして、原告X1は、同年一一日八日、同年一二月六日から同月八日までの三日間の痴呆性老人一時入所利用の申込みをし、同月二日、a苑において右入所決定がなされた。

なお、一時入所利用事前面接において、Bの食事に関し、全介助、常食・常菜、総入れ歯、アレルギーなし、との聞き取りが行われている。

[甲二〇、乙五の1ないし9、九、原告X3]

3  Bは、同年一二月六日午前一一時すぎ、原告X1に付き添われてa苑に入所し、二階のショートステイ用居室に入室した。当日の昼食は、原告X1が介助を行った。摂取は良好であったが、薬を飲みにくかった。夕食の摂取も良好であったが、食後、痰がらみがひどい状態であった。夜間は午前一時と三時の巡視のときに目をあけていて眠れない様子であった。

同月七日の朝食後は、痰がらみはみられなかった。昼食、夕食は、咀嚼がうまくゆかずに時間がかかった。スケートのテレビを見ていたので、C(寮母職)が「スケートがお好きですか」と問いかけると、肯定するような返事であった。この日も、夜間の巡視のときに目を覚ましていて余り眠っていない様子であった。

同月八日、午前七時ころ、早番のF(寮父職)が勤務につき、夜勤のCから、居住者の状況の報告を受けた。Cは、Bに関して、夜あまり眠れていないこと、食事介助のときにむせることと口にためる癖があると報告した。なお、当日の二階の居住者はBを入れて三五名であった。

午前七時二五分ころ、Bが起床した。少し体が堅いようであったので、ベッドから車椅子への移動は、CとFが二人で行い、食堂へ連れて行った。

午前七時五〇分ころ、CがBの朝食(ご飯、じゃがいもとわかめの味噌汁、茄子とピーマンの炒め煮、なめたけおろし)の配膳を行い、介助してご飯一口と茄子を食べさせた。

午前八時一〇分過ぎころ、Gが食堂に来たので、Cは、Bの食事介助を代わってもらい、他の居住者を起こしに行った。

Gが「茄子を食べますか」と聞くと、Bがうなずいたので、茄子の炒め物を一切れ口に入れた。他の居住者の食事介助を行い、再び「茄子を食べますか」と聞いて、茄子を一切れ口に入れた。また、他の居住者の食事介助を行ったあと、「ご飯を食べますか」と聞くと、Bがうなずいたので、大根おろしをのせたご飯をスプーンで口に入れたところ咀嚼した。

午前八時二〇分過ぎころ、Gが一階フロアーに下り、Cが、Bの介助に戻った。Cが食事を勧めて、Bに口を開けてもらうと、まだ食べ物が残っていたりして、あまり進まなかった。このときまでに、Bは、ご飯を半分近く、なめたけおろし、茄子、味噌汁のおつゆを摂取していた。

午前八時二三分ころ、Cは、Bに薬を飲ませるため、口を開けてもらったが、舌にご飯粒が少し残っているような状態であった。Cは、ティースプーンに水分ゼリーを一口取って、その上に薬をのせて、口の中に入れた。水分ゼリーとは、寒天を粉状にしたのをゼリー状に固めて、口の中で溶けやすくしたものである。Bは、咀嚼をするようにごっくんとしたので、Cは、下膳や他の居住者の食事介助等に入った。

午前八時二五分ころ、Cが、再びBに水分ゼリーを勧めようと思って様子を見ると、Bは、顔を上に向け、目を見開き、口を開いて、手をだらっと下げていた。意識レベルがなく、チアノーゼを起こしていた。咳やうめき声はなかった。Cが「Bさん」と声をかけたが反応がないので、頬を叩いたがやはり反応がなく、CはFを呼んだ。二人で呼びかけて、頬を叩くなどしたが反応はなかった。口の中には何も入っていなかった。

二人は、Bを、車椅子で居室に連れて行き、ベッドに横にした。Cが、ヘルパー室から血圧計を取って来た。なお、Cは、頭の中で、吸引器のことを考えたが、実際にこれを取りに行くことはしなかった。

午前八時二七分ころ、Fがバイタルチェックをした。一回目に血圧をはかったが、脈も血圧も取れなかった。二回目をはかっていた時点で看護婦のIが出勤して来た。

[乙一、四、証人C、同F]

4  Iが出勤すると、一階の当直のヘルパーが、早く二階に行くようにと合図をしてきた。Iは、午前八時三一分にタイムカードを押して、二階に行く途中、Cに会い、「ショートがおかしい。」と言われたので、ショートステイのBの居室に行った。

Bは、三〇度程頭を上げたベッドに休んで、顔を横に向けていた。Iは、Fから、血圧を二回計ったが計れない、脈も取れないとの報告を受けた。

Iも、Bの血圧と脈を計ろうとしたが、計れなかった。Iは、Bの鼻の下に指をあてて確認したが呼吸はしておらず、聴診器で確認したが鼓動をしていなかった。目を見開き、口を開けてのけぞり、口の中に食べ物はなかった。顔は、血の気がひいて、真っ白な状態であった。バイタルサインの反応もなかった。また、Bの鳩尾を五、六回心臓マッサージをしたが、効果はなかった。

午前八時三六分、Iが、Bの自宅に電話を入れ、原告X1に「Bの意識がない状態だがどうするか」と問い合わせると「救急車でたま日吉台病院へ連れていって下さい」ということであった。

午前八時四〇分ころ、Iが、たま日吉台病院に電話をして右状況を報告した。また、H課長が一一九番に通報をした。

午前八時五〇分ころ、救急車が到着し、Bを搬出した。救急隊員は、死後硬直がはじまっているなどと話していた。

救急車には、H課長が同乗した。救急隊員が吸引器を用いて、Bの口腔内から異物を吸引した。

[甲二、一四、乙二、証人I]

5  午前九時五分、Bがたま日吉台病院に搬入され、同病院のK医師(以下「K」という)が診察した。

Bの呼吸は止まっており、心拍数もゼロであり、意識レベルは反応がなかった。心電図は、心停止状態を示していた。

K医師は、気道の確保、気管内挿管、気管内異物の吸引、心マッサージ、点滴ルート確保、カウンターショックを行った。気道に食物が詰まっており、吸引器で吸引した。

午前九時四〇分、K医師は、Bの死亡を確認した。また、死因を窒息、窒息の原因を誤飲とする死亡診断書を作成し、原告X1や同X3に対し、大量の食べ物が詰まっていた旨説明した。

なお、死体解剖は行われていない。

[甲一、三の1ないし3、一二、証人K、原告X3]

二  争点1(Bの死因)について判断する。

以上のとおり、Bは、食事の際に、飲み込みが悪く、口にためこんで時間がかかる者であったこと、Bは、朝食時、ご飯を半分近く、なめたけおろし、茄子、味噌汁のおつゆを摂取していたこと、本件事故が朝食直後に起きていること、救急隊員の応急処置において、口腔内から異物が発見されていること、K医師の診察時も、気道に食物が詰まっていたこと、同医師が、死因を窒息と判断していること、などが認められるのであり、これらに照らすと、Bの死因は、食物の誤飲による窒息と認められる。

証人C、同F、同Iは、Bの様子を見たときに口の中に食物がなかったこと、自分が経験した他の窒息者の場合とBの様子が異なることなどを理由として、Bの死因は窒息ではないと思うと証言しているが、前記認定を覆すに足りない。他に、前記認定を左右するに足りる証拠はない。

なお、証人Cは、Bは、唇と指先がちょっと青紫になっていただけであり、顔色は普通であった、職員は、普段から、唇や指先が青紫になっていた程度でもチアノーゼと言う言葉を使っていたと証言し、同F及び同IもBはチアノーゼではなかった旨の証言をしているが、本件直後に記載されたケース記録[乙一]には、チアノーゼと記載されており、右記録は、a苑内において、その後に十分に検討されて来たと思われるのに、訂正もないまま、平成九年一月二九日付けの被告代理人作成の原告代理人宛て書面[甲一五]においても、チアノーゼを起こしていたことは事実である旨記載されていること、などに照らすと、直ちに信用することができない。そして、証拠[乙六]によれば、異物が気管、気管支内に入ったときに、顔面が紅潮し、紫色(チアノーゼ)になることもあると認められ、前記死因が窒息であるとの認定に反しない。

三  争点2(被告職員の過失)について判断する。

以上のとおり、Bは、食事の際に、飲み込みが悪く、口にためこんで時間がかかる者であったこと、本件事故が朝食直後に起きていることなどからすれば、Bの異変を発見した際に、真っ先に疑われるのは、誤飲であったと言うべきである。しかしながら、Cらは、誤飲を予想した措置をとることなく、吸引器を取りに行くこともせず、また、午前八時二五分ころに異変を発見していながら、午前八時四〇分ころまで救急車を呼ぶこともなかったのであり、この点に、適切な処置を怠った過失が認められる。

証人Iは、a苑では、緊急時には、まず家人に連絡をして、その指示を受けることになっていたと証言するが、それが、一刻を争い、生命にかかわるような場合にまで、家人への連絡を優先させるとの意味であるならば、家人への連絡に手間取るなどして、適切な処置をとることが不可能となってしまうことも考えられるのであり、そのような硬直した体制を取っていたこと自体にも問題があると言うべきである。

そして、本件において、仮に、速やかに背中をたたくなどの方法を取ったり、吸引器を使用するか、あるいは、直ちに、救急車を呼んで救急隊員の応急処置を求めることができていれば、気道内の食物を取り除いて、Bを救命できた可能性は大きいというべきである。

四  争点3(損害)について判断する。

前記認定の事実及び一切の事情を考慮すると、Bの死亡に伴う慰謝料は二〇〇〇万円とするのが相当である。また、葬儀費用のうち一二〇万円、弁護士費用のうち一〇〇万円を被告の負担とするのが相当である。

従って、原告X1につき一一一〇万円、同X2及び同X3につき各五五五万円の賠償が認められるべきである。

五  以上によれば、原告らの請求のうち、原告X1に対する一一一〇万円及びうち一〇六〇万円に対する平成七年一二月九日から支払済みまで年五分の割合による金員、並びに、同X2及び同X3に対する各五五五万円及びうち五三〇万円に対する平成七年一二月九日から支払済みまで年五分の割合による金員の各支払を求める部分については理由があるから、これを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 古閑美津惠)

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